「行動が先」じゃない。『本来の〇〇に〇〇こと』が先。

長いあいだ ブログを休んでました。
昨年の秋からライフスタイルが変わったこともあり、自分に集中したかったから。
  

  
春に、娘っこの義務教育があと1年で終わるということを胸に刻んでから、子育てにどっぷりとエネルギーを注ぎ、人生にとって大きな節目となる時間を、静かに、丁寧に、後悔なく、温めながら過ごしてたんですよね。

わたしの夢でもあり、支えでもあった「子育て」という中心軸を少しずつシフトさせながら。

そんなあるとき、目の異変を感じはじめ、長らく続いたので(飛蚊症でした)スマホやパソコンから離れる時間を取ることも意識するようになりました。

ライフスタイルが変化すると、慣れ親しんだ時間はなくなっていきます。
そこに、目の異変から 仕事ができなくなるのではないかという「起きてもいない想像」や「心配」をしてしまったわたしは、どんどん心が揺れていきました。

揺らいでいる時って、
言葉を紡ぐことや表現することができなくなるんです。
楽しくもなくなっちゃって。

そうして気づいた時には、ブログを綴れない自分がいました。
     

  
そんな時、パートナーから「小さな不安でも 何でもいいから話して」と言われ、涙がふいに溢れ・・・それまで頼ることをしていなかった自分を思い知りました。

彼に頼れないとか、そんなことは思ってないんです。。。
が、
相手の気持ちが手に取るように感じられる性質により、幼い頃から身近な人の相談に乗り、頼られることも多かったため、彼のことも 多くの後悔を抱えていたことを考慮していたように思います。

幼い頃から「自分のことは自分で解決する」と身につけてきた自分を、いよいよ変える時だと感じました・・・ね。
長い間パパ役もやってきたので、誰にも頼らずに頑張りたい!と責任感や意地もMAXになっていたのかもしれません。

ここで大切なのは、「頑張ってきたわたしのお涙頂戴ストーリー」にまわりを巻き込むことではなく、「パートナーが言葉をかけてくれて安心できたから、頼ろう!甘えよう!!女は努力より愛嬌よ!」的な恋愛テクニック話でもなく、こうなったわたしの心理背景の奥にはどのような世界観があるのか?を知り、自分(の世界)を本来の元の世界に戻すこと。

じゃなければ、同じことを 出来事や人を変えて繰り返すことになります。

「自分のことは自分で解決する」という昔から備わっている根強い心理は、今のわたしには必要ないのです。
事実として、パートナーは自分のことのようにわたしのことも大切にしてくれているし、子ども達は驚くほどたくましく、頼もしくなっている。
相談できる心友も 数少ないが必ずいる。

それらを拒んだり、頼ることをためらうことは、まわりの優しさを受け入れていないことと同じだし、『今』ある関係を育もうとしていないことになる。

事実が目の前にあるのに(これがわたしの本来の世界なのに)「自分のことは自分で解決する」が出たことを客観的に見た時に、わたしは自分の世界を見誤っていることを理解し、納得しちゃいました。

世界を見誤るって、実は誰にでもあることなんですが。
人って、等身大の自分を受け入れるより、低めに自分を見積もる方が都合がいいというか、世の中的に心象がいい部分があるので。(本来は違うけれど)

SNSではリア充でキレイに見せたがるけどw

恋愛ではこんな例があります。
「わたしは愛されない」という世界があると、愛されるために積極的にコミュニケーションを取る資質をフルに活用したり、プレゼントをよくしちゃう気の利いた素敵な人になったりします。

まわりには、「愛嬌のある楽しい雰囲気を持つ、気の利いた優しい女性」と感じられます。

好意を持っちゃいますよね。。。

好意を持たれたり、気に入られたことを知ったその人の心は、「愛したい」と感じはじめ、思考(頭)は「もっと愛される」ことを巡らせ、さらに与えるという行動(身体)を取るようになります。

ですが、やればやるほど、尽くせば尽くすほど、相手が離れていくことが起こります。

なぜなら、そんなことをしなくても「愛される」から。
人は、頭(思考)や行動(身体)を愛するのではなく、どんな世界を持っていたとしても、その人そのもの=存在を愛するから、です。

どんどん加速していく「尽くし型の与える」は、頭(思考)や行動(身体)で愛そうとしていることであり、相手はそこに違和感を覚えてしんどくなるから 離れていくのです。

世界観に「愛されない」があって行動すると、プロセスの中では好意を感じられることがあったとしても、最終的には「離れていく」という結果に辿り着きます。

『自分の世界が現実をつくる』

ということです。
  

   
大切な人たちと生きていくということは、
それぞれの問題や課題、起きている出来事も互いのものとして一緒に考えること。

心配や迷惑をかけないように・・・
気を重くさせないように・・・
なんてことを考えるのはナンセンスなのです。

わたしが反対の立場になったとして
話してもらえない、頼られない、自分のことを自分でばかり解決されちゃったら
なんか「つまんない」って思っちゃいそう。

わたし・・・必要ある???って。

そして
「遠慮せずにいろんな人に頼ったり
 知恵を借りまくったりしたらいいのにー!」
って言うだろうw

という↑ 
自分に(備わって)ある、最も心地良い世界観に戻しちゃうのです。

これが本音であり、本来の世界。
 

ぐぅぅぅぅーーーっと落ちて、悩みたい場合や、
後悔する場所にいたい場合、
変わらない!と決めてる場合も 時にあるから
戻るかそこに居続けるかは、その人の決断やタイミングを尊重して。
 

人から見たら大したことではないとしても、
誰が何と思ったとしても、

自分がいちばん大切にしてきたことや
長い間居続けた慣れ親しんだ居場所(ネガティブな思いを持ち続けた所も含め)を離れることは人生の大きなターニングポイントです。

それは人生の中に 多くあることじゃないから
これまでの想いと感謝を込めて、丁寧にサヨナラする。

それが自然に手放せる方法であり、
2度と世界を見誤らずに、本来の自分の世界に戻る道だと思います。
 

  
そのとき、心が揺らぐのは当たり前のこと。

当たり前だから、
揺らぎが起こることを どんどん入る情報で解釈せず、
人の意見に左右されず、
よくある知識で分析しないことも大事。

戻った世界の未来で
自分に体験させたいことを巡らせ、心地よくなるといい。

体験に備えて
ニマニマしながら
エネルギーを高めたらいい。

 
よく「行動が先」と聞くけれど
いろんなものを抱えたまま「行動」すれば
いろんなものも同時に「現実」にしちゃいます。

わたしは「行動」よりも
心のその奥にある性質、自分の運び方・生き方を決める
『本来の世界に戻ることが先』だと思います。

 

 

 


やっと書けたぜ! ふぅー

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