信頼される人にあるもの、 それは『○○』なのです。

毎週月曜日は娘とデート。
(と、思っているのはわたしだけでw)娘の習いごとに迎えに行っている。

家から遠くて、あまり馴染みのない道を
夜に歩くのが怖いと言っていたから。

偶然に舞い込んだデートチャンス!
いぇい!!

わたしはこの時間がなんとも言えず、好きなのだ。

高校生になり大人へと成長してきたからこそ、話せることがあり、
同じ「女性」として共通することも 感じることもある。

ひとりの「個」として、互いを尊ぶことができるから
あえていろんなことを伝え合うこともできる、娘との対話時間。

娘とはいえ
次世代との交流なのだ。

『育ち合う』=関係性を育てる って時間を要することだけど
この長期視点がわたしは大好物で、そのプロセスにこそやりがいを感じる。

すぐに結果が出るって
まぁ、悪くはないけど つまんない。

だって本気でやれば、
なんらかの結果が出ることはすぐに分かるでしょ。

自分がやることなんだから。

結果が出ないなら、違う行動を選べばいい。
ただ それだけ。

自分を責めたり、落としたりする必要はなく
失敗したところは反省して、振り返って、次に活かせばいい。

責めすぎたり、落ち込みすぎたりするのは
自尊心を失くしていくから意味がない。

尊ぶって とても大切。

わたしに恋愛相談が多いのは
『育ち合う』=関係性を育てることが好きで得意で、
そして、必ず人も自分も尊んでいるからだと思っている。
  

でもね・・・
3年くらい前に「心底うんざりした人間関係の世界」がありました。

それについては辛口の
毒りんごろバージョンで書くね!
  

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目次

尊ぶこと by 毒りんごろ

誰かの知恵を学んだ(知った)あとの『行動』は
自分がそれを日常の中で活かしていくことが大事で

もちろん『行動』すれば
自分自身にいちばん返ってくるし、

返ってきたものは自分へのメッセージであり、
答えでもあり、自信でもあり、成果でもあり、
それぞれが違って当たり前なんだよね。

そもそも
『行動』する人が、それぞれに違うのだから。

わたしはその違いを『個』だからこその輝きだと思っているし、
それを見たいし、感じ合いたいし、分かち合えることが
コミュニティの良さだとも思っているんだよね。

人を尊ぶことだとも。
 

でも、知恵をくれた人を神化、もしくは憧れ化、教祖化して
自分の中で勝手に奉る人もいる。

同じ人間なのに上に人を置くから、
自分は下のポジションに入ることになっていて
それがもう上下関係の思考なんだけど
そのポジショニングを作ったのも自分自身なの。

自分が課した縛りで、
自分自身をしんどくしていることには気づいていない。

そして、誰かを上に置くと
自分で考えること、自分の日常に活かすことより
憧れの君に答えをもらおうと
無意識に依存してしまうことも忘れないでほしい。

そして
当たり前だけど「答え」はもらえない。
自分しか「答え」は知らないから。

答えをもらえない=かまってもらえない
となったとき

その思考は最終的に恨みに変わり、
矛先を憧れの君、もしくは違う結果を得ている人に向ける。

謎の逆恨みが連鎖の如く起きて
競争する関係しか持てないことに、
わたしは心底うんざりして距離を置いた。
 

まずね
誰かを神化、もしくは憧れ化、教祖化してしまう自分ってどうなんだろう?
と疑問を持ってほしい。

とは言うが、わたしにも憧れの人はいる。

あんな風になるには、わたしは何をしたらいいだろう?
どうしたらいいだろう?
って
わたしなら『自分』にできることを探す。

『自分の源』から離れて、
神化、憧れ化、教祖化して行動を真似ても、
最後は自分の源から離れていた、という事実を知ることで終える。
間でどれだけ努力して、成果を得てもね。

動機には『決断』があり、
『決断』が行われる場所は、『自分の源』。

そこから離れているということは
自分を生きているとは言い難い。

自分を生きていないって、
その人が自分自身を尊んでいないということだから
側にいるだけでつらくなる、、、

なぜなら、こちらは相手を尊んでいるから。
もっともっと自分を大切にしていいって思っているから。

ズレてて、対話ができないから。

何が言いたいかというと
矛先を誰かに向ける謎の逆恨みは、
自分を生きていないという、自分から自分への逆恨みなのね。

人に矛先を向けたって、
人も自分も『自分の源』から離していくだけになる。

それってさもしいよね。
  

人は、いつ死ぬと思う?

人は逆恨みの世界じゃなく、
ひとりの「個」として、互いを尊ぶ世界で生きられる。

深い関係性はそこから始まるとわたしは思っている。

好きとか嫌いとか、
悲しいとか怒ったとか、恨んでるとか・・・

感情に自分をのっとられすぎると
そもそも人を尊ぶことすら忘れてしまう。

それは
その人自身が
自分を尊ぶことから離れている証。

もし、そういう出来事が起こっているなら
尊びを忘れるとは、
自分が人に忘れられるときだと 知った方がいい

    

ONE PIECEでね
Dr.ヒルルク(医者)は、銃を向けられたときに言うの。

「やめておけ。お前らにゃあおれは殺せねェよ」

そして、ヒルルクは問う。

「人は、いつ死ぬと思う・・・?

心臓を銃で撃ち抜かれた時・・・
・・・違う。
不治の病に犯された時・・・
・・・違う。
もう毒キノコのスープを飲んだ時・・・
違う!!!」

「人に、忘れられた時さ・・・!!!」

   

出典:ONE PIECE/尾田栄一郎 集英社

人が、本当の意味で死ぬときは
肉体から離れたときではなく、

人に忘れられたとき=自分(人)への尊びを忘れたとき

わたしはそう思います。

関係性のベースに欠かせないもの、
信頼される人にあるもの、
それは『尊び』なのです。

 

 

 

 

自尊心を育むことを、自己信頼ともいいます。
それはこちらで伝えています。
 ↓

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