あなたの周りに 恋愛や夫婦のパートナシップで 悩んでいる人はいませんか?

りんごろぶつぶつ 宇宙とか神とか生死とか

私は22歳で父を亡くし、36歳で母を亡くしています。
父と母は離婚したので、私の家系の親族は叔父と姉のみです。
私の年齢から言うと、早いねとよく言われます。
母は障害を持った弟、両親の介護をしてきたので、その様子もずっと見てきました。

亡くして思うのですが、家族って濃いようで儚くもあるなぁと。。。
ですが、肉体は残ります。冷たくなって残ります。
そして骨になります。
それはね、家族や親族で最後までみて眠らせてあげるのです。
残った者にできる、いや残った者のための別れの儀式なのかもしれませんね。

家族とは、こうした儀式を伴います。
私の父と母は離婚しましたが、父のお葬式には呼ばれ
一番近い親族だからと、火葬場では火葬のスイッチを押すように言われました。
母の時も同様に押しました。
ひとりで生まれきたワケではなく
誰かの手を借りなければ生きられなかった時代があり
そこから自立し、自分の道を進みはじめ、
そして、生を終えた自分を育てた人との別れもある。順にいけば、、、ですが。

そうなってから知る自分の気持ちや事実もあり
これもまたご縁なのだと感じますね。
血縁だけの縁ではなく、様々な思いを知るために出逢わされた縁なんだとも
強く感じました。

日々に戻れば、少し薄れてもいくのですが、ね。

2ヶ月程前から、母の写真をいつも座る席から見える位置に置きました。
なんだか見守ってくれてるように感じます。
お母さんは見守っているよ、大好きって言ってるよ!と数人の方から言われて
その位置に置くようにしたのです。
母と姉と私。文字通り家族としての役割(というのかな?)はそうだったけど
今、ハッキリと感じるのは、決してそれだけの血縁じゃなく
選んでここに来たなと確信が持てるのです。不思議ですが。
そして
母の写真を目の合う所に置いてから、自分の中で劇的に幼い頃のように
自分らしく振る舞いだしたと思うのです。
何がそうさせているのか等、細かいことは分かりませんが
後押しをもらうとはこういうコトだと思うのです。

私は宇宙も神も、まぁ信じてはいるのですが
そちらに傾倒し過ぎてもいないと思います。
その辺もニュートラルであると、自分では思います。
最終的には一元化なのかもしれませんが。。。

そしてね、誰の中にも宇宙も神も在って
そこを信じて、それからいわゆる宇宙や神だと思うのですよ。
だから宇宙からきた子、神の子なんだよね?
思いっきし主観ですが。
まずは生きてる人とのご縁や、その中で補い合い、与え合うという
そこが本来の【後押し
で、暮らしというのではないかと思っています。
他の人の言う宇宙や神に批判もないし、肯定もしています。

両親も、宇宙からきた子、神の子であり
家族もそうであり
全てがそうであるなら
それぞれに感じる、思う事があっても
それはそれでよくて
争いも競争も なんかいらないのになーって勝手に思います。
必死に生きてるだけなんだよなー。アタシもね・笑

血縁とは厄介な場合もありますが
それは何かを教わるための縁でもあり、その縁がなければ
この世に生として存在すらなかったんだと思うと
生死と向き合うのも また必要な機会なんだなぁと
なんとなく思います。

りんごろぶつぶつ。

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