昨日から熱が出て、1日まったりと寝て
そして今日はぼちぼちと少しだけ動きます。

本当はね、楽しみにしてた『学び』がこの2日間にあって
すごーく行きたかったから残念でならなかったのだけど

「風邪は身体のデトックス!ゆるりとね!
きっと、ばっちりベストタイミングがやってくる!
その時のために、今はゆるゆるだな。」

と、講師のかおりん(通称オカン)に逆に励まされました❤︎
愛だなー、オカンの愛。

愛に包まれると、元気になります(単純!)
微熱の中、お味噌汁を作って、ご飯もしっかりいただきました。
これまたエネルギーみなぎる!!!(けど、無理なく、、、だね)

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病気になっても、病人にはなるな!は りんごろ主義。
きっとこれは幼少時の経験からです。

うちの家系はとにかく病気の人が多くてねぇ
母はしょっちゅう誰かの看病をしていました。(父のこともね)
だから病院についていくのは、わたしも日常茶飯事。

あらゆる種類の病院に行ったんじゃないかなぁ、、、

母がいちばん長く介護をしたのは、母の弟。
生まれながらの障害で、知能は小学1年程度と言われていました。

でもね、愚痴を聞いたことがないの。
それは、わたしだけじゃなく、母も、です。

病院でもあまりに素直な患者さんとして、大切にしてもらっていたし
看護師さんの間では「観音さん」と呼ばれていました。

そんな叔父をわたしは
しなやかで強く、凛々しく、勇ましく思っていました。
と同時に、
わたしが病気になったら、そんな風に在れるだろうか?とも思っていました。

だからわたしは、病気の人を病人として扱いません。
変わらず、対等であると思っています。

できないことがあれば、それはできないんだと知るだけです。
わたしにもできないことはたくさんあります。

可哀想だとか、情けをかけるとか、
それはこちら側の課題なんじゃないかな?と思っています。

 

 

子どもにも同じです。
妙に守ったりはしません。
体験して、自ら考える力を養えばいいと思っています。

子ども達が通った幼稚園では、適度に汚さをも教えていました。
毎日手を拭くタオルは衛生的にどうか?等、保護者からの意見もありましたが
守りすぎることは、その子の体験と創造性を奪うんじゃないかとわたしは思います。

長男は、なんでも適当で 整理整頓が苦手です。
ある時からわたしは、部屋の掃除もしないようにしました。

どのくらいの汚さになったら彼は動くのだろう?という実験でもありましたが。
ここは自分と戦いましたねぇ。耐えるのみ・笑

そしてあるときから変化が訪れました。。。
『異性を意識』してからです。(やぱそこ?)
女の子は匂いや清潔感に敏感。
ここに気づいた頃から、部屋も身だしなみもそれなりにやってますね。

「教える」ではなく、『体験する』。
これがいちばんの学びだと思います。

できないかもしれないけれど
どーしてもやりたい!という欲求が知恵と創造性を生む。

親なんてどんどん越えちゃえばいいと思います(^-^)
反抗は健全な証拠だし、その尖りの理由には、想いがある。

想いを垣間見ると
オォォォォォ、成長しとる!と唸ることもあります。

そして、親のわたし達は それを喜べることとして受け入れたらいいと思う。
子どもが夢を追えば、その夢を近くで見せてもらうことができる。

それは自分では体験することのなかったこと。
一緒に楽しめたらいいなーと思っています。

なので、子どもでも対等。
(経験者として話すことも 親ヅラもしちゃうけどね)

 

 

少し前にね、友達が自分の仕事について話すときに
「りんごろさんも良いと言ってる!」とわたしの名前を使ってました。

いや、別にいいよ、それでも。

わたしが自分の仕事について語るなら、自分の言葉で話し、
他者を入れる前に、相手と自分のご縁を深めたいと思うし、
「誰々も良いと言ってる!」的なインフォメーションは
相手に聞かれない限りは、さほど意味を持たないのでは?と思うのだよね。

体験者の感想として、他者の話はするけども
まずは自分の体験から。

Apple社が、他者製品を宣伝はしないよね、、、

わたしの名前が先に出るということは、
友達は、自分とわたしを対等に並べてはいないなと感じたし
それはなんだか 悲しいことでもあるのよね。

どうしても下のポジション(適切な言い方ではないけれど)に入ろうとされると
対等でしかないと思っているわたしには 距離感があったのかい?と
逆に残念であったり、、、

謙遜しすぎるのは、誰ともエネルギーを交わせなくなること。
分かち合いたいわたしは 対等なエネルギーでいたいと思ふ❤︎

尊敬はしても、自分を謙遜する必要はないと思うのよね。
(わたしもやってたからよく分かるのだけど、あえて分かってあげないことにした)

 

 

人が人に惹かれたり、商品やサービスを買ったりする時は
その人、商品、サービスの奥にある
自分が受けとる価値を(価格より)大きく見出しているからだと思うのです。

そこ、忘れたくないです。

恭子ねーさんのカレンダー買っちゃっいました!
自分との対話をするキッカケ圧倒的な気持ち良さという価値を感じて。
決してカレンダーとして機能しているのではない・笑

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\誕生日にやりました、プレゼント企画!/
[kanren id=”38335″] 当選者さんを決めるのに、子ども達にくじを引いてもらいました!
うるう年の2月29日にメールでお知らせを送りますね!

7月11日(土)・12日(日)10時〜17時

5月30日(土)・31日(日)13時〜17時
*ZOOMにて

 

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