宇宙に【させていただくこと】

約1ヶ月ぶりの沖縄、読谷村。

前回、とても気に入った読谷村。「ただいま」と言える場所が沖縄にできた嬉しい気持ちと、喜んで迎え入れて下さったことが重なり、胸の奥がほんわりすることから始まった滞在1日目。

  

  

パートナーと共にその土地とつながり、そこにいる人達とつながり、新しい風を自分に起こしていく時間は、自分の中のクリエイティビティを育んでくれる。

このような時間は私にとって欠かせない時間になっています。

いつもと同じ場所、同じ時間に同じことを繰り返す習慣で過ごしていると、私は閉塞感を感じて知覚も広がらず、自分が自分じゃいれなくなる。そもそもじっとしてられない子が私だったのだから、本質に戻っただけだとも言えるw

本来の自分を生きるとは、すべてを味わい尽くすことであり、【今ここ】であり、フルに自分を活かすことなのかもしれない。

ご飯を食べることも、創作活動をすることも、喋ることも聞くことも、共にいることも、その土地のエネルギーとつながることも、ひとり妄想時間も、【今ここ】を味わい尽くしていたら、何をしたらいいのか分からないとか、好きなことが分からないとか、つまらないだとか、認めてほしいとか、焦るばかりとか・・・そんなことを思う隙もなく、毎日をただただ懸命に生きるのみ。

【今ここ】がすべてになると、ご縁については、必然で出会うべくしてつながった、としか思えなくなるし、できることをやるしか私にはできないのだから『なんでもさせていただく』しかなくなる。やるなら『いのちを込めてやります!』の全力投球。

例え失敗だと思ったとしても、それも起こるべきことだったと受け入れて、【今ここ】にいる。

罪悪感や後悔は【今ここ】、【今 目の前にいる人】に最高の愛(パフォーマンス)を出せることにはならない。

  

時々、パートナーと過ごしていることを「浮かれてる」とか、「最初のうちだけ」、「2人が付き合うことを喜べない、微妙」とか、そんな声を耳にすることもあるのだけど、私としてはなんて言ったらいいのか・・・

私達は性格も真逆だったりするし、住んでいる所も近くはなくて、大きな子どもも互いにいるし、全然違う人生を歩んできた。

共通の友人も多くはないし、これまで価値を置いていたことも全く違うと言っていい。よく出逢ったよね?と不思議に思うほど。

だからこそ、何故私達は出逢ったのだろう? 2人でやることがあるとするなら、それはどういうことなのか?を軸にして、【2人で育む】ということを人生の中でさせていただいている、という感じです。。。

もちろん、愛しさを含めて。

2人よりひとりの方が楽なこともあるし、時間も手間もお金も2人分かかることもある。ひとりでやっていいよね?、ひとりで動いた方がいいよね?と思うこともある。何でも2人で、という必要もないと思うし。

のだけど、私達の場合は そうして動くと、「2人でやることに意味があるよね?」ということを後で味わわされるという体験を何度もしてきたし、離れて動くとすごくしんどい想いをすることも繰り返されてきた・・・

これらの体験を通して、私達は【2人で育む】という人生のテーマを、互いに生まれ持ってこの世に来たから出逢っている・・・ということを受け入れることにしたのです。

かつての私は『恋愛』より『子育て』のカウンセリングやサポートがしたかった。でも、ニーズは『恋愛』にしかなかった。

それもある時から「させていただくこと」として受け入れたら、『恋愛』を通して【自分】を見つめること、大切にすること、【自尊心】を取り戻すことが私の伝えるキーだと気づかせてもらえて・・・今がある。

『させていただくこと』として受け入れたら、自分が育つ。

自分も相手も全受容したら、愛が育つ。

  

  

今回の沖縄では、やちむんの里に行くことも私のミッションのひとつでした。高校時代の親友の誕生日に、今年はどうしても陶器を送りたくてね。

そう思って行くからだと思うのだけど、本当に理想のお茶碗とマグカップ&ソーサーに出逢えることができて、超ウキウキ!

大好きで特別な人に贈り物ができるということは、自分も心底喜ばせる!と実感。

そう思うと、パートナーが『わたしの喜ぶ顔を見ることが喜びだ』と常々言っている気持ちを、更に温かな気持ちで受けとめることができて、内面はほくほくてんこ盛り❤︎

愛とは、一方的に与えてもらおうとすることでも、一方的に与えることでも、奪うことでも、奪われることでもなく、育むもの。

育む前には出逢いがあり、出逢うためには命の誕生がもちろん必要で、その命は尊い。

どれも外せないもの。だからその当たり前のことにいつも気づく視点を忘れてはならなくて、忘れそうな時にいろんな出来事は起こされていると思えてこない?

そうやって自分も、自分のまわりの人達も見つめていると、そこには【自分だから、その人だからさせていただくこと】があり、そこに気づくと自分を生きることが加速されていくことも理解できる。

いつも同じところで躓いたり、しくじったり、怒ったり、悲しんだり、落ち込んだり、止まったり、逃げたり、がむしゃらに頑張ったりしていても、自分の生まれ持ったテーマ=【させていただくこと】は見えてこない。

なんとかしようというコントロールを手放し、起こされていることを受容すると、自分に【させていただくこと】が浮き彫りになってくる。

  

【させていただくこと】を知りたい場合は、自分の声を聞くこと。たくさんある自分の声の中から尊いひとつの声を選ぶこと。

尊いひとつの声を選ぶ時に、パートナーはものすごくサポートしてくれる存在になります。何故なら、パートナーは自分を写す鏡だから。

  

  

自分で自分の尊い声を選びたい方はこちらにどうぞ↓

  

  

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