人生を1人で生きない

自粛期間。
それは非常=常では非ずということ。

「これまでと同じじゃなくていい」ということを教えられているように思う。

いつからかわたしは「朝ごはんを食べない派」になっていたんです。それはきっと量の多いお弁当を、決まった時間までに作り続けるというミッションがあったからだと思います。

朝から肉!肉!肉!をフライパンでめっちゃ振って炒めたり、ごはんを沢山盛ってお弁当に入れてたから、自分も食べた気になっていたんでしょうねぇ。

眠い日も 疲れた日も 寒い日も 暑い日も。

でもそこから離れた日常になったことで、朝ごはんをとても欲するようになり、しかも!美味しく食べられるようになったんです。

まるで、お腹が空くことで起きていた 子ども時代に戻ったみたいに。
それだけですごくゆるんだんです!
マジでー❥

     

いつも通りを維持しようとしない

うちの子たちは今、YouTube見放題、映画もドラマも見放題。
そして、とってもいい顔をしています!!!

感性が磨かれているんでしょうね。

本当は学校に行きたいだろうし、友だちとも遊びたい、部活もしたいと思います。「体、動かしたい!」って言うし、エネルギーも余ってるだろうし。

でも自粛してるんです。

「スマホ見過ぎじゃない?」という声も聞こえてきそうですが、わたしは『こうでなければならない』、『こうすべき』という、いろんなことに対しての厳しさをゆるめられる良い機会だと思っています。

非常事態ですよ? 
ずっと続く時間ではないし(まだ続くでしょうが)、子どもたちはそれだけでは飽きることも百も承知なんです。こんなことで人格が変わるなんてこともありません。

この期間はいいんです。
むしろ、これまでと同じようにする方が不自然。

いつも通りの暮らしを維持しようとしない。

自分の中にある『○○すべき』、『あなたのためを思って』をゆるめたら、楽になることを知るチャンスですよ〜

自分に課している厳しさで、自分を苦しめていたことを知ることもできます。

朝ごはんひとつで、心地よさと体のエネルギーを取り戻したわたしのように。
お弁当作りを楽しむようにしてましたが、どこかで自分に責任を課してたということですよね! 

それを知ることで、これからの取り組み方も変えられます。

    

非常なときほど必要なこと

ここで何度が書いたことがあるのですが、わたしの母は毎日何人もの病人の世話に追われる日々の上に、仕事にも行っていました。もちろん子育てもして。

その日常の中で、時折ふいにわたしは母から手を繋がれ、行く宛のないバスや電車にフラッと一緒に乗せられることがありました。

その間の母は、ただただ静かに、止めどなく泣くだけです。

わたしは「もしかしたら一緒に命を絶とう」と言われるんじゃないかと思うこともありました。が、母は遠くを眺めながら泣き続け、涙でハンカチが膨らむ頃に うちの方に戻ることを・・・幼いながら覚えていきました。

そっと母を見守っていたと思います。

人は、非常なときほど
『涙を流すような時間』、

『誰かに寄り添おうとする希望』が必要。

その上で、まわりの温もりもあるといいように思います。
今、目の前にそれらがないと感じるなら、お願いしましょう、求めに行きましょう。安心も温もりも。

わたしは母を通して学びました。

人生を1人で生きない

と。

これからは、自分がこれまで持っていた「こだわり」、「価値観」、「過去の経験」、「思い込み」、「枠」、「常識」等を一旦置いてみる。そして目の前で起きることをニュートラルに感じて行動することが大切になるんじゃないかと思います。

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