わたしはあなたであり、あなたはわたし

私にとっての【対話】は、喜びを分かち合う方法。

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私にとっての【対話】は、喜びを分かち合う方法。

わたしはあなたであり
あなたはわたし。

このように考えるようになったのは
15年前くらいから。

私のそれまでは
大切な人や大切にしたいものがありすぎて
その人たちの想いを大切にして
それを優先することが大事だと信じてきた。

そうして生きて
そこに後悔はないのだけれど

私の大切な人たちは
世間でいう寿命よりは
早くに亡くなっていったんだよね。

死という、
その人とのこの世での永遠の別れを体験した後に
私に起こったことは、
生きる目的を見失うということだった。

悲しみを感じている間はまだマシで(私の場合ね)
どう生きたらよいのか分からないということは

それだけ
誰かの想いで生きていたということ。

それを知ってから
『本当に相手を大切にするとは、どういうことなのか?』
という問いかけが、私の中で始まった。

自分の本音を選ぶ

その少し後、
小さかった娘が、ふと私に言ったのよね。

「ママ、空を見て」と。

娘は、
夜空の星を見せたくて言ったんだけど
私はそのとき、久しぶりに顔を上げた自分を知り・・・

やっと、
やっと、
渇いた心に温かな涙が流れ始めたことを体感した。

答えは目の前にあるわ!と。

子どもたちを大切にしたい気持ちは、山ほどある。
その子どもたちに、下を向き続けて生きてほしくはない。

そして
子どもたちには、私の想いを大切にしてほしいのではなく

【自分の本音を選んで、のびのびと生きてほしい。】

相手を本当に大切にするということは

相手を本当に大切にするということは、
相手の想いを大切にする前に、
私が私の本音で生きること。

それを私が見せることで
子どもたちも、自分の本音を選びやすくなるだろう、、、と腑に落ちた。

子どもたちやパートナー、まわりの大切な人たちが
のびのびと生きる姿を見れるということは
私自身の喜びであり、パワーをもらえること。

大切な人の”のびのび”は私にパワーを流す。
これは逆も然り!で
私が”のびのび”生きることが、大切な人たちに影響を与える。

最初は、自分の本音を選ぶ度に
罪悪感を感じて、行動を自ら止めることも多々あったけれど
都度、背中を押してくれたのも、子どもたちだったんだよね。

だから私は次世代に
私たち世代やその上の世代が
握りしめてきた古い考え方ではなく、
本音を選ぶための背中を押す【対話】をしたいし、

私たち世代と上の世代には
新しい考え方を人生に取り入れる【対話】をしたい。

  

わたしはあなたであり
あなたはわたし。

  

背中を押す対話をしても
いつも私が逆に背中を押されているけどね!

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