過去は変えられない、のではなく 過去の人たちも・・・

父の記憶で良いものが
わたしにはあまりなかった。

だから事故で亡くなったとき
突然だったこともあって
呆然として終わった。

その15年後、チャネラーさんと出会い
父が何故亡くなったのか、
どんな想いだったのか、などを
わたしから聞いたのではなく
伝えられた。

愛情を
言葉にも態度にも表すことが下手な父で
怒るか、執拗か、
はたまた 人を寄せ付けないか、
そんな印象だったのだが

チャネラーさんの言葉のおかげで
年々、わたしの中の父の姿が変わっていった。

夢にもよく出てくるようになり、
その度に記憶がアップデートしていく。

つい先日の夢にも父はやってきた。
孫(わたしの娘ね)の可愛さを
心から喜んでいて
甘える娘に目を細めて、お小遣いを渡していた。

「お父さんも年取ってきたんだなぁ」なんて
わたしは隠れながら
父と娘の光景を眺めて微笑ましく思った。

さて、
そして目が覚めるのである。

「あれ、今の夢・・・」
目が覚めたのだから、夢だとは分かっている。

現実的に言えば
父はわたしが結婚する前に他界したので
子どもがいることも知らないはず。

なのだが、

わたしの中の父は、
生きていた頃の記憶と違い、
微笑ましい父に変わっている。

死して尚、わたしの中では生き続け
変容していき
わたしとの絆を育んでいる。

むしろ肉体を失った今の方が
自由自在に記憶にも夢にも入れるのだから
それらを活用して現れているようにしか思えない。

思い込みたいのではなく、
そうとしか思えない、のだ。

これ、わかる人には分かると思う。

「死」によって、この世では別れ、
それは紛れもない事実なんだけども

あの世は、
反転のように側に存在していて
肉体を失うと行き来できるのでは?と
わたしは思うのだ。

昔のわたしの悩みは「孤独」だったのに
今は、誰しもが「孤独には成り得ない」
とすら思っている。

見えない存在の人たちも必ずいるから。

自分の手を見ただけで、
今、体があるということだけで、
命の引き継ぎを感じ、
見えないパワーに温められる。

もし、
もし、
肉体を失ったことによって
あの世からこちらにできることがあるのなら
わたしは死後も大切な人たちを守るだろう。

呼ばれたら喜んで手伝うだろう。
いや、
呼ばれなくても、進んで力になろうとするだろう。

忘れないでいてくれることに
心から感謝もするだろう。

行き来できるなら
動きまくるだろうw

それらをね、、、
父はせっせとやっているように感じるのだ。

わたしにとって
過去は変えられない、のではなく

過去の人たちもあの世で変容し、
こちらとの想いやエネルギーと合うときは
繋がり、分かち合え、
今に刻まれる。

現実の人間関係となんら変わりないのだと
わたしには思えて仕方ないのだ。




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