チャレンジとは、伸びしろ探し!

昨晩のヨガでは、新たなポーズにチャレンジ↑
何事もチャレンジからしか始まらないからね!
なんて自分を奮い立たせつつ。

まぁ、怖い怖いーーー!
なかなか自分に自分を委ねられないことを知る。
しかもポーズ展開が早くてついていけずー。

こういう、まだ上があるなーと思う時、
自分の「伸びしろ(可能性)」を
見つけた気持ちになって嬉しくなる。

負けず嫌いだと表現されちゃうけど、伸びしろ探しと言って欲しいw
てっぺんが見えることは面白くないだけだ。

剥がしても剥がしても、また知らないセカイに入っていく、、、
そんな探求と追及が好きだから
心と関わっている。
じゃなきゃ、やってない。

心の探求とセットなのが、人間関係。

いちばん身近な夫婦関係だとか、親子、恋愛は
人間関係から離せるものじゃないのだけど、
心の学びを深めている人に多いのは「そこは向き合いたくはない」
「今はこちらに集中したい」という
感情で【心】から振り分けてしまうこと。

探求マニア(?)としては、
それで学びは深まるのかい?と思うのだが、
とりあえず黙っておく。
(黙ってないじゃん!)

「自分を知ろう」
「自分を満たそう」
って
どんな時の自分も知ってみよう、ということだよね!

社会や会社、利害関係における
人間関係には向き合っても、
夫婦関係にはエネルギーを使うから
向き合えないと言うのは
なんか不自然だなと感じちゃうから

その人がバランスを崩してしまったり、
努力してもそこそこの流れにしかならなかったりするのは
仕方ないというか、そうなるよねぇ、と思う。
残念だけど、それが自然。
(自分にも言っている)

こう言ったことは、
実は自分だけには見えず、分からず、
他人にはダダ漏れだったりする。

だから他人って大切で必要なのだ。
そして、そんなことを(厳しく感じても)言ってくれるのは、
本当に自分を大切に思ってくれる人のみ。

これらを言ってくれるのも
どんな時の自分とも向き合う人なのだ。

だから「ここは向き合えない」とか
やめようよって思う。
大切な人の大切なことも大切にできなくなるし、
不自然さは、やがて体の不調として現れてくる。

心の探求をしているなら 尚更ね。
いい人は「都合のいい人」、
なんてならないように。

失敗続きのわたしでも、
まだ恋愛探求しようとしてるって、勇気になるでしょーw

ヨガは時にオーガズムを体験させてくれる。
骨盤まわりの筋肉の痙攣を伴い、
ゆるめることもやるからね。

出産も同じく。

これは体の仕組みなので
世の中で言われているエロ!とは一線を画する。
と思うが
エロで括られても、まぁ気にならない。

体の悦びも、また人それぞれ違うのだから
今世の肉体の悦びをも追及するのは
自分を生きることのひとつ。

自分にいろんな経験をさせてあげたいと
心から思うから
エロ好き!と言われても、よいよい。

人生は、伸びしろ探し!

無花果はな、
半分に割るとハートの形になるんだ。

だから・・・
無花果の甘酸っぱさは恋の味なんだって。

とは
花より男子(ドラマ)での道明寺のセリフ。
パキスタン人に教えてもらったとか?

「恋の味、覚えた方がいいよー」
と言っては
この季節に無花果を箱買いするわたしに

「チャレンジとは
純粋な気持ちから生まれる」

と、
無花果が好みの味ではなく、
求めていないことを
冷静に伝えてくる子どもたち。

確かに。

純粋な気持ち=素直さ からの探求、
それが伸びしろ探し、だ。




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