身近で、大切で、信頼できる人がいることが なにより自分の人生を大切に、豊かにすることだと思う

チャクラ講座を受けた半年間、いつも以上に自分の言葉、感情を意識しました。
自分の感情を感じてあげるのは、自分にいちばん身近な自分だと より思って。

感情に自分をのっとられるのではなく、
自分の感情を感じ、理解し、そしてそれを言葉にして伝える。

言葉にならないと 自分で自分を見据えることはできないな、とも思いました。
そして
身近な人、信頼している人には自分の感情を知ってほしいと思うものだとも。

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先日、魔法の質問仲間のNatsukoちゃんにいただきました。
ありがとうありがとう

なか‐ま【仲間】とは?
1 一緒に物事をする間柄。また、その人。「趣味を同じにする―に加わる」「飲み―」
2 地位・職業などの同じ人々。「文士の―」
3 同じ種類のもの。同類。「オオカミは犬の―だ」仲間とは距離コトバンクより

仲間とは一緒に物事をする間柄。
その距離感(というのかな?)を知っているから「仲間」と言うのだけども
こうして言葉を直接かけてもらうだけで、その距離感は近づく。

そんな風にして、知り合いから身近な人へと
人は距離感を感じていくのだろうと思います。

わたしはこれまで
身近な人(身近でいてほしい人)、大切だと思っている人にほど
「迷惑をかけたくない」と「無理をさせたくない」などと思って
自分の感情を知ってもらうことをせずに、一旦自分の胸にしまってました。

知られて拒否されることを恐れていたのかもしれないです。

でもそれは、
相手を大切に思ったり、大切にしていることにはならず
身近な人、信頼する人を遠ざけていくんだと知りました。

誰しも
身近な人とは、感情を知り、知ってもらい
分かち合い、助け合い、補い合いたいものだもんね花

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今、わたしはあえて取り組んでます。
自分で何でも解決しないことを。

プロセスから相手に入ってもらえるよう、言葉で伝えることを。

恐れから自分を守りすぎて、
誰かに頼ること、自分の感情を出そうとしないことをやめることを。

自分のハートを知ってもらうように とにかく努めてる。
拙い言葉だとしてもね。

身近で、大切で、信頼できる人がいることが
なにより自分の人生を大切に、豊かにすることだと思うから。

だけど、
愚痴や寂しさを紛らわすだけの 話を聞いてほしいという言動には
関わらないようにも努めています。

自分の人生を本気で幸せにするのは、その人自身だから。

愚痴や寂しさを紛らわすだけの感情に、わたしを使われるのは嫌だからです。
わたしは本気で自分の人生に時間を使っているから。
本気で自分の人生に時間を使う人と深め合いたい。

自分に対する本気、誠実さの欠落は 自分だけじゃなく、誰をも幸せにはしない。
それも思い知ったから。

このところ、
幸せを身近から、
自分の内側から感じることができるのは
感情を伝える人が増え、深く関わり合う、分かち合うことができているからなんだと
実感しています。




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