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遅くなってごめんね、だけど『ありがとう』

iPod nanoを買って
嬉しくて
イヤホンを耳に
音楽を聴いた昨日
ふと思い出した事がある。

高校時代。
いつも一緒に学校に通ってた
中学の時からの友達が
不登校になって
独りで電車に乗って学校まで通う寂しさを
少しでも癒そうと
ウォークマン(当時の流行りだった)片手に
音楽を聴きながら
自分を奮い立たせて通ってた事を。

その(不登校になった)友達は
優しくて、明るくて、誰からも好かれてて
私も大好きだったし、何でも話していた。
今思えば
その友達は
優しすぎて、繊細で
色んな事に傷つき、必死で人に合わせてもいて
限界だったんだとも思う。

不登校になった時から
何度も彼女の家に通って
沢山の事を話し
いつも寄り添う様にしていた。
『私は変わらずいつもここにいるから』と
それだけは伝えながら・・・

だけど
私の力は彼女には足りなくて
彼女はみるみるうちに変わり果てていった。

若かった私にでもハッキリとわかる程
彼女の目の色は変わっていったのよね・・・
くすんで、どよーんとなっていき
目が合っていてもどこを見てるのか掴めず
でもそんな時に、出る言葉は強気で
誰も受け入れないって感じで。

彼女の両親は
そんな姿を隠すかのように
彼女を親戚に預け
そして
次に彼女が学校に現れたときは
『別人』になっていた。

表情も出る言葉も全く違う彼女。
そんな彼女を周りの子が受容する事もなく
仲が良かった子まで
彼女を遠ざけ、悪くも言っていた。
私はそれが何かイヤだった。

今の彼女も彼女の一部であって
気を遣い、合わせていただろう今までを
払拭するように
必死なんだろうと
上手く表現は出来てはないけど
私は彼女を理解したい気持ちでただ一杯で
いつもと変わらずに接する事にしていた。

でも
彼女は病んでしまった様だった。
両親はすぐさま異変を感じ取り
彼女を表には出さなくなった。
いや
言い方が悪いのかもしれないが
彼女を大事に思うからこそ
彼女を救うべくだろうところにお願いしたのだろう。

それから
私がどれだけコンタクトを取っても
彼女に繋がる事はなかった。

2年程経った時かな
偶然に会った時
彼女は母親とともに買物をしていた。
私も母と買物中だった。
彼女は
幼子の様に
そして怯えた感じで私と話した。
その瞬間
まだ治療中なんだと感じたのよね。

だけど
それから10日も経たぬ間に
彼女と再会したの。

それも深夜のディスコ(今でいうクラブ?)だった。
私は友達と楽しんでいた最中。

彼女はつい先日に会った時の
怯えた目をしてはなかった。
真逆の目だったと思う。
そして
よく話してた頃の
意思がきちんとあった目。

そして私に言ったの。
『これまでの時間の中で
 私を理解し、本当に接してくれてたのは
 りんごろだけだった。
 だからりんごろにだけは
 連絡を取り続けたい。
 だからここに連絡して』
と・・・

走り書きをしながら
慌てて
私に紙を渡して
逃げる様に去っていった。

だけど後に
その連絡先に繋がった事はなく
彼女の家に直接連絡しても
対応してもらえる事もなかった。
家に行っても
彼女の名前を出した途端
家族の顔色は変わり
すぐさま帰された。

結局私は何も出来なかったと思う。
彼女にはすごく助けられていたのに。

そんな
事を
ふと思い出したのね。

彼女と
たくさん笑い合った
楽しかった日を。

音楽と共に
思い出せたこと・・・

あなたが急に私の前からいなくなって
ずっと寂しかったよ。
だけど
あなたは私にとって
本当の気持ちを解ってくれてもいた
唯一の友達でもあったよ。
それはずっと変わらない。

あの時に
側にいてくれて
私は嬉しかった事を忘れてはないよ。

言えなかったけど
ありがとう

今も思ってます。

ペタしてね

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