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今や
ぐうたら主婦の私だけど
若い頃は
スポーツばかりしていた。

小学生の頃は
バレーに目覚め
バレー部に入った。
これは学校のクラブではなく
バレー経験者の親達のコーチの中で習う
クラブだったの。
ここでは人数も多く
レギュラーを取るのも必死だった。

その経験を生かし
中学でバレー部に入ろうと思っていた矢先
2コ上の同じ中学だったイトコに
「テニス部に入りなよ!」と言われ
断れぬまま
何故かあれよあれよとテニス部に入部。
厳しい練習と先輩達にしごかれ
必死でついていったよなぁ・・・
そして
テニスの楽しさを体で覚えていった。
その当時のテニス部は
市内では有名な程強くて
『優勝』は当たり前。
県大会に行くのは当然で
先輩キャプテンはみんな
テニスで高校推薦されてその道を進んでいった。

私もキャプテンを任され
『優勝』しなくては!という思いに
どれだけプレッシャーを感じたか・・・
毎日、練習を終えて帰っても
また家で素振りを繰り返す事は当たり前だった。
雨の日は校内を走り、基礎作りは必須。
夏休みは朝から夕方まで練習。
冬休みは10キロ近く走り込み。
毎日がテニス一色だった。
だからそれなりの成績を変わらず残せたが
私は先輩キャプテンとは同じ道を進まなかった。

推薦で高校進学という道は
どうしても受け入れ難かった。
普通に受験して、自分で進むべく道を
選びたかった。
まぁ、本当に進みたい道は選べなかったのだけど
(結局は親の願う道を拒めなかったのよね)
今まであった道を私は閉ざしてしまった。
だけど副キャプテンだった子が
その道を進んでくれて救われたのね・・・

それからは
スポーツは体育以外ではしなかった。
心ではしたい気持ちはあったけどね。

でも
その時期に
刻まれたスポ根!は忘れてない。

今、長男君が野球にはまっていて
『野球部』に入部すると言っている。
大いにやり尽くせ!!!と思っている。
ここでしか成し遂げられない事があると
思うから。

スポーツ根性!!!
まさか柔和だった長男君がここを望むとは
考えてなかったが
進みたいと思った気持ち。
それを嬉しくも思う。

陰ながら
応援してまっせー!!!
母は。

沢山の経験と汗を
流して
自分のものに
していけよー!!!

それこそが
スポ根なのさ~。

ペタしてね

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