神さま いるいる

約1ヶ月の発酵期間後(変容期)の新月の日(10月20日)
友たちと玉置神社に行った。

行こう!と話して、決めたのは・・・夏。
今思えば、こうなることを知っていたかのよう。

変容とは
自分に新しいセカイを感じさせるために起こる自然なこと。

今までの思考では
感じることも
見ることも、
聴くこともできなかったであろう「こと」が自分にフィットしてくる。

だから
これまでと同じでは、いられない。

変わることって
恐いことでも、失うことでもないと わたしは知っている。

そんなわたしにフィットする山道ドライブ。

天に登っていくような感覚

ひとつひとつ過去を脱いでいくような感覚を味わった。

晴れではなかったけれど
程よい天気で

まるで山の神がそこに宿っているような
神秘的な景色を見ることもできた。

年末に、
山形の若松寺から街を見下ろした時の景色も
同じだったように感じる。

そして
「うん、神さま いるいる」と勝手に安堵する。

この安心の感覚が
わたしにとっての絶妙な気づきの前ぶれとなることは、多い。

駐車場の側の最初の鳥居から
玉置神社までの道のりは歩いて20分くらい。

その道のりも、
凛々しい木々たちのエネルギーを感じ、風の音も聴きながら歩く。

天気によっては、景色がいろいろと変わり、
毎回違う感覚を楽しめるよ と、5回目になる仲間が言っていた。

りんごろてき神社の感じ方というものがある。

幼い頃のわたしは
山も海も川も田んぼもある自然の中で
当たり前のように育ってきた。

木々や花、石や蛙、動物たちと会話をするのも当たり前すぎて
そんなものだと思ってきた。

え?違うの?と気づいたのは
実は小6の時だった。

庭で花と会話しているところを近所の人に見られていたようで
「雅美ちゃん大丈夫?」と母に告げられていたのだ。

母があまりに心配するので
それからは控えるようにした。

そのことをチャネラーさんに話したら

「あのまま精霊たちと会話を続けていたら
あなたの場合は、その世界のみで生きることが分かっていたので
人間として生まれきたからには、
人間の愛や慈しみを体現してほしいと 精霊たちの方から距離を置いてくれたのです」
と言われた。

そうだったんだなぁ、と精霊さんたちの優しさにも感動した。

わたしは神社には自分から行くことは少ない。
大体、誘われて行っている。
それがわたしの最善のタイミングなんだとも感じている。

神社では
幼い頃に会話していたように
いろんなことを神さまに話しながら、歩く。

参拝順ではなく、直感のまま。

自然の中にいるときのわたしは、あの頃の子どものまま。

玉置神社では
奥の方にいた木々たち(杉)にハートが釘付けになった。

右の杉の木は
待っていたかのように、声をハッキリと届けてくれた。

ただただ響くその声を
わたしはハートに残した。

その後、社務所の方に歩いて向かう。
そうしたら友がおみくじを引いていた。

いつもならおみくじは 自分から引くはずなのに
その日はすっかり忘れていて
友を見て「引かなきゃ・・・」と思ったんだよねぇ

「引きたい」ではなく「引かなきゃ」だった。

大吉が出た。

それがね・・・
大吉で喜ぶと言うよりは、
そこにある言葉たちに、再度ハートがどきん!とした。

何故なら、その言葉たちは
杉の木が届けてくれた言葉と同じだったから。

もう一度わたしは、メッセージを感じさせられる必要があったのだ

どうしても、どう進んでもそこが大切!と言うことを
何度も言われてる感覚。

その何日か前に
夢でも見た。

なので3度目のメッセージなのだ。

魂は必然のタイミングで、
自分にとっていちばん響く方法を使い
大切なことを与えてくれる。

一緒に行った友もそう。

いつも必然なタイミングを
さらっと与えてくれる人

一緒にいれたことも、
このタイミングを与えてくれたことも
心から感謝なのである。

ありがとう。

それから
玉置山頂上中程の玉石社へ。

玉置神社の基となったのが、玉石社と伝えられている。

そこから降りるとき、2回転んだわたし・・・
滑りやすかったと言えばそうだが

この日は2回同じメッセージがきて、
2つのことで迷っていたことを
見透かされているとすぐに思った。

身の穢れ(けがれ)を2回禊ぐ(みそぐ)、ということでもあるのだろう。
こける程度で済んで良かったのだ。

参拝後に降り出した雨。
浄化の雨だねー!なんて言いながら帰路へ。

八大龍王姫松明神が祀られている滝↑も見て、
そこでジュエリーも浄化させていただいた。

最後は
十津川村の滝の湯の温泉で
カラダを温め、清め、友と2時間も話していた。

友も決めたことがあったようで↓

新月に決めたこと

2時間の温泉も長く感じることはなかった。

玉置神社の駐車場にあるお店で
うどんとこんにゃく煮とコーヒーをいただいた。

神社に行っても、
どんなに神秘さを感じても、
メッセージをもらっても、
こけても、

やっぱり「食べること」も必須(*´艸`*)
オススメの神社です!

変容とは
自分に新しいセカイを感じさせるために起こる自然なこと。

最近思う。

わたしは母を突然亡くしてから
人生観が変わった。

人とは永遠に過ごせるものではない。
誰もが旅立つ日がくる。

それが自然の流れで、変わることは自然。

だけども
愛はずっと残る。

失くすものはないと、母は教えてくれたのだろう。
変わることは怖くない。

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