子どもは無意識に親の傷みを吸収してくれる。

先日、次男坊の友達に
『中島ん家は、家族仲がいいな』と言われた。

娘っこの友達も
『娘ちゃんのママは、娘ちゃんのこと すごーく可愛がってるよね』と。

そう見えるんだな、と思った。
わたしはただただガムシャラに育ててきた感覚なんだけどね。

 

わたしの子育ては
もちろん、子ども達と接してきながら、触れながら
生まれたものでもあるけれど

『お母さん』のようにしなければ!と無意識で思っていたことがあると
5年前くらいに気づいた。

わたしの母は、いわゆる『子どものために生きている』というような母で
それをよく口にもしていた。

「お母さんを悲しませたくない」
「お母さんに心配かけたくない」
というのは子ども心に当たり前に意識してた。

母は、病気の父、弟、祖父母、親戚のお世話をしながら
仕事もし、家事もしていたので
まったりしている姿が記憶にほとんどない。

だから尚更心配をかけたくないと思ってきたし、
「お願いだから、心配させないで」とよく言われもした。

時々、学校に行きたくないなって思う時は
駅でぼーっと座ってたんだけど
そろそろ先生が家に電話をする頃かも、、、と思うと
「お母さんが心配するな」と思い、切り替えて学校に行ったり、

どんなに嫌なことがあっても、母に相談することはほぼなく、
心配をかけたくないからなんでも自分で決めてた。

部活動や志望校、友達のこと、出来事、将来についても話した覚えがあまりない。
家では 明るく事なかれ主義で過ごすことを務めていたなと思う。

今ならなんとなく感じるんだよね。
母はしんどかったから
自分を奮い立たせるために『子どものために生きている』と
言い聞かせてたんだろうなぁと。

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子どもは無意識に親の傷みを吸収してくれる。

これは自分の経験上もそうだったし、
子育ての中でも、どれだけ子どもに癒されてきたかわからないほどだから言える。

わたしは母を突然亡くした後、自律神経失調症になっている。
全身は蕁麻疹、皮膚から液が出る箇所もあり
咳は止まらず、あばらにヒビは入るし、夜中の咳でしょっちゅう吐いていた。

人にその姿を見られたくないので
サングラスとマスク、帽子は必須で子ども達を幼稚園に送迎してたこともある。
そして、その時も
明るく事なかれ主義で過ごすことを務めていた。

しんどい時ほど
頼ること、甘えることができなかったんだよね。
子どもの頃から何ら変わっていなかった。

そして母親というものは、自分に何があったとしても
『子どものために生きている』と自分を奮い立たせなければならないと
それが母としての責任だと思い込んでいた。

それが(病気)が、わたしへのサインだったということは
後々知っていくことになるんだけどね。

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だから、今は思う。
自己犠牲は自分のエネルギーだけでなく、相手のエネルギーも奪うんだと。

子どものために我慢するというのは、
美徳のようだけど
我慢以外の方法を探りたいなとわたしは思う。

子どもはお母さん(お父さん)が頑張ってるから力になりたい!と無意識に思うからね。

それは子どもの優しさでもあるけれど、
子どもが自由に自分のことだけにエネルギーを注ぐわけではない。

親で完璧な人も
傷のない人も

いない。

だからこそ、親が自分を癒すことは大切だと思った。
そのためにパートナーや身近な人がいて、
できれば子どもで満たそうとするのではなく、
与えあえるような関係性を身近な人と築けたらいいなと思うようになった。

子どもを放って好きなことをする、とか
なんかそういう満たし方ではなく、

うーん、うまく言えないけど

子どもと親、というよりは お互いに地球に来た子どもとして
関係性の中で、分かち合い、与えあえるような自分で在れたらいいな、と。

これまで恋愛相談を受けきていちばん感じたことは
実際のロールモデルがいることが大切だなぁということ。

そりゃそうだよねぇ、、、
わたしは母しか見てこなかったから

母のようにならなければ!と無意識に思ってきたし。

触れて感じることは、頭で理解するより大きい。

なのでわたしは
関係性の中で、分かち合い、与えあっている人を探すようにもなった。
いるのよねぇ、意識したら。

自分をまず癒すために
とにかくそんな人と同じように振る舞うことにした。

自分の気持ちを大切にすることから始めて。

長年の癖で、明るく事なかれ主義で過ごすことをやってしまうこともあるけれど
その癖をやると、わたしの場合はすぐに涙として現れるんだと気づいた。

昔から涙をぐっとこらえる癖がよくあって
それは負けず嫌いなんだと思ってきたけれど、どうやら違ったようで
ハートの叫びを聞き流すと涙になるようだ。

近年、温かなハートから溢れる涙を感じはじめた。
これは意志でぐっとこらえらることはできない。
そして、驚くほどどんどん溢れる。

幸せを感じるひとときなんだよね、わたしには。

自分を削って奮い立たせるのではなく、
自分をゆるして温め、分かち合うことに
ようやく体も心もついてきているように思う。

まずは自分から。
それが子どもを子どもらしく、自由にさせる道なんだと改めて感じる♡

お母さんも自分らしく生きてるから
僕も(わたしも)自分らしくいよう!
こんな繋ぎ方がいいなと、修正中です。




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