自分のエゴと制限に気づいて、サヨナラする

してあげたい♡という気持ち
それが
過去にできなかったから、
子どもの頃にして欲しかったから、
困ってるだろうから、
そんな理由の場合
それは自分のエゴでしかないことがある。
してあげなければ!という気持ち
それが
義務だとか
責任、
親(役割)とはそういうものだ、
使命があるから、
そんな理由の場合
自分のための安心=制限でしかないことがある。
エゴも制限も
心には寄り添ってはいないので
子どもの場合反発したり、拒絶したり、
受け入れるしかなくて黙認したりする。
ということを、子育てのなかで感じた
りんごろですウインク

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最近ね
子ども達の愛に囲まれて
幸せ者やなぁと思うのデレデレデレデレデレデレ
ありがたいなぁって♡
ついつい親風をふかしたくなってた時、
わたしは
「こうでなくてはならない!」
そんな刷り込みで動いてたと思う。
そしてそれは
自分を奮い立たせるための安心でしかなかった。
自分で自分を奮い立たせたい!のではなく
義務だから奮い立たせてた。
だからキツイ親の部分も多かったかもな。
本来のわたしって
甘えたで、ゆるゆるで、だけど正義感とかは強くて
そして、尊重したいし、してほしい人。
その自分ではなくて、
親という役割に必死になっちゃったのねぇ滝汗
で、役割をやめたら
というか
結論から言うと、そんな役割はとっくにバレていて
でも、子どもって そこも黙って愛してくれてた笑い泣き
役割をやめてから気づいたのは
子ども達が自由に愛を与えようとすること。
愛を受けとるってこういうことなんやなぁって
教えてもらいました。
自分のエゴも
自分の思う安心も手放して、
自分も子どものままのような気持ちで
そのまま受けとる。
愛を受けとるって
自分が裸のような無防備で、無邪気でいれることが大切なんだと
やっと気づきました。
大人だけど、無防備で無邪気。
これは自分を信頼していないとできない。
だけどもすこぶる心地よいデレデレデレデレデレデレデレデレデレデレ
エゴや制限に気付いたら手放しながら
それでも無防備や無邪気でいよう。
愛を受けとろう♡♡♡



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