道が逸れていることを示すサイン

娘っことお風呂に入った。
絶賛思春期中の娘にとって、今はコンプレックスの悩みが尽きないようだ。

ママ、なんでわたしは可愛くないの?
ママ、なんでわたしは足が太いの?
ママ、なんで人は努力をしないといけないの?

10代は多感。

人に認められること好きになってもらうことのような
本当に本当に本当のこと自分への誠実さとは離れた他人が軸の道
自ら自分に押し付けてしまうときでもある。

自分に対して誤ったセカイ観刷り込ませる時期なんだろう。

光が在れば陰も在る。
どちらからでも自分を見つけることができる。

シンプルに言えば、ただそれだけのことなんだけども
強すぎる光に心奪われて、陰を恐れてしまうのも
また人間なんだろう。

恋愛の相談を受けて続けてきて思うのだが
その関係性の不自然さ不健全さ不誠実さにふと気づかされることがある。

それらは
情報の波や誤ったセカイ観にのまれないように
道が逸れていることを示すサイン。

本来の自分の道に気づかせるために。

今の娘の場合、わたしから見れば
明らかに彼女らしくないと思うことしばしば。。。

だが、それは陰の部分であり
排除する必要はない。
そこから光を見いだしていけばよいなと思うのだ。

例えば恋愛においては
堂々と「不倫」を公表はできない。

自分の中の陰の部分。

批判や批評は簡単。
そこから何を見いだせるのだろうね。

想いが本気であり、本来の道なのであるなら
その時はすべての責任を自分から引き受ける覚悟はできるように思うし、
流れは必ずやってくる。

お付き合いを始めて間もないときなら
それはそれは優しく、素敵な扱いもしてくれるだろうが、

人の本来の姿というものは
見せたい姿の中に在るというよりは
ふとした食事中での飲食店スタッフへの対応だったり、
身近な人への態度だったり、
緊張感のないとき等に現れたりもするものだ。

サインはどこにでもある。
見逃さないように♡

自分を大切にすること と 自分の人生を大切にすることとの間で迷うとき
優先するのは自分の人生を大切にすること。

娘っこを例えにすると
自分を大切にするために、大好きな友達の言うことや
そのセカイでの正しさを中心に置き、

友情も感じられて
喜びもあるのだけれど、
なぜかモヤモヤ、ざわざわ、イライラもしちゃう。

大好きな友達にはその姿を隠し、
担任の先生や家族にはフラストレーションが出てしまう。

でもさ!!!

相手も自分も同じように、同時に尊重できる関係がある。

それが自分の人生を大切にすること
その関係性を築く方法を探していくことが人生。

できていない今の関係性を
終わりにした方がいいと言っているのではない。

関係性の不自然さ不健全さ不誠実さにふと気づかされることがあるときは
自分らしい道を逸れているサイン。

自分の人生という道なのだから
自分でハンドルを握り、自分道を走り抜けていこう。






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