終わりや別れがくるとき

終わる。

その言葉が、朝降りてきた。

何が?と考えることは、置いている。

今、いくつかの仕事に関わっていて
それぞれに打ち合わせや顔合わせがある。

そこでは
始まる、をじわじわ感じている。

終わりは、
始まりがそこにあるから起こるのではないだろうか。

先月初旬、母のお墓参りに福岡に帰り
そのときに10年の月日を感じた。

あの頃のわたしは、母のような「お母さん」になるべきだと無意識に頑張ってもいて
だから母がわたしの中の指針だった。

その母を突然亡くすこととなり、
これからどうしたらいいのだろう?という空洞がわたしの中に生まれ
軸が見つからないまま過ごしたこともあって
それがカラダを壊すひとつになったのだろうと、今は思う。

心理学やあらゆるセミナーにも行きまくり、
心の勉強を深め
心理カウンセラーとしての道も歩み始めた。

母の代わりとなる指針をどこかに求めたかったのかもしれないし、
新たな道を歩むためのキッカケを母がくれたのかもしれない。

改めて思ったが
母の死を節目として、わたしの第3の人生はスタートした。

板橋雅美 という生まれてからの人生は、
家族の繋がりを求め、安心という居場所を探し続けていた。

中島雅美 という結婚してからの第2の人生は、
やっと自分の家族ができたという喜びから、安心という居場所を与えたいと頑張っていた。

母を亡くしてスタートした第3の人生は、
『雅美』という自分の人生を生きることを教えられているように思う。

そして
家族という
わたしにとって大切で、かけがえのない、
決して失くしたくなかった安心な居場所は
留まるという位置ではなく、
時間とともに変容するものだとも知った。

変容を恐れ、動かぬように見張っていたのは
わたしなのかもしれない。。。

子ども達の成長を思えば分かる。
赤ちゃんのようにいつまでも同じように接することはできない。

成長に合わせて、互いに変化していく。
それをお互いで受けとめ合い、時に高め合い、深め合うことが大切なのだと。

変えないようにしている方が
むしろ不自然だったのかもしれない。

10年前はあんなに大切で、
わたしの軸のほとんどだった母への憧れは、
今は、自分の真ん中を覆うほどのことではなくなっている。

信頼の回復はないと思うほど辛かった
元パートナーの浮気も、
今では わたしに何を求めていたのかがわかるし、傷みはない。

別れることを選び、
自分を責めまくって、
子ども達に償いきれない傷を負わせたと思っていた罪悪感は
子ども達によって癒された。

誰かの幸せを、自分の幸せとしてきたことは、
自分の幸せが、誰かを幸せにできることも教えてくれた。

その時に大切だと思ってきたものたちは
ハートのベースには積み重なってあって
だけども原型はそのままではなくて、
いろんな集合体となりながら、削ぎ落とされてもいき
わたしの今の細胞を作ってくれている。

終わり始まり
これは自分の中の変容が起こる兆しだろう。

恐れず、
変容を
喜びとして迎えられる自分であれたらいいなと
10年の月日を思い
その時間を愛しく感じる自分がいる。

新たな道に可能性を見出しながら。








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Love Moderator(恋愛心理カウンセラー)

素直に生きることで
自らも輝き、周りもキラキラ溢れるセカイに♡を目指して活動しています。