正論ブレーキとラブエナジー

以前、ある女性に『ご飯に行こう!』と誘われた。

久しぶりだったから
会えることを喜んで行ったら
その女性は『わたしに物申したいこと』があって
だからご飯に誘ったことを
時間とともに知っていった。

だったら何故
先に『話したいことがある』と言わないのだろう?

抜き打ちテストみたいだと思ったけれど
まぁいい。

わたしは会いたかったのだから。

そして
その『物申したいこと』は正論。

正しいのよ、世の中的に正しい感じ。

言っていることは間違いないし、
そこにその女性の悲しかった感情まであって
ストーリーは出来上がっていた。

が、
正しい

ことを

本当に言いたいのではなく

正しいを使って
「悲しい」から『怒り』に変わった感情を
わたしにぶつけたいのだとも知った。

その女性は、とても明るく、社交的で
誰からも慕われるような雰囲気で
だけども繊細で
どちらかと言うと清純派。

これまでも「正しい」を使って物申し、
正当だから怒りをぶつけてよい、という思考で
感情を吐露してきたんだろうと想像できた。

それは『正しい』がなければ
想いも伝えられないほど、
ハートを開くことに恐れがあること、、、
なんだよね。

久しぶりに会って、
ご飯食べてるんだから
「今さぁー」と心のうちを話すことで
よかったんじゃないかな?と思わなくもない。

でも、ハートが固まってしまっている場合、
それは容易ではなく、とてつもなく怖いことでもあることも想像できる。

ハートを開くには
わたしが信頼に値する人なのだろうか?と
いろんなことをぶつけて試していることもわかる。

疑いって、伝わるんだよね。

それが悪いと言いたいのではなく、

それほど恐れていて
だけども誰かに話を聞いてほしくて
本当はどうしたらよいのかわからなくて
『今、弱っている』
ということに気づけたら
伝え方も違うだろうにな。。。と感じて、そのことを伝えた。

その怒りのぶつけ方では
反対に人と距離を作ってしまう。

それは本当に望んでいることではないよなぁ、と感じて。

愛からの想いに
『疑い』は存在しない。
いや、存在できないのだ。

正論で、怒りをぶつけるという時、
わたしは その人の奥にある悲しみにエネルギーを送る。

なので、ボーッと聞いているように見えたり
返事にタイムラグがあるだろうとも思う。

『あの人がこう言ってた』と言われる時もそう。

「あの人」を使って、
自分の恐れ(疑い)が現実にならないように
相手を試している。

恐れ(疑い)は恐れ(疑い)を呼ぶ。

わたしはそんな時は
より目を見開いて、相手を見つめ
愛からのエネルギーでハートと繋がり
『わたしはこうだよ』とわたしの事実を淡々と伝える。

恐れとは繋がらず、
愛のエネルギーで、目の奥を見つめ
ハートに届くまでエネルギーを送り続ける。

ハートが温まると、この辺から変わっていくけれど
正論を使う場合は、目を逸らすか、まず目が合わない。

カチカチの強度が違う!!!

その女性は、苦虫を噛み潰したような顔をした後、
必死で泣きそうな心を抑えて(いるように見えた)、笑顔を作って帰っていった。

まだ笑顔を作るんだな・・・と思ったから
その女性が、きっと素直に泣けるであろう仲間の女性にバトンを渡した。

愛のエネルギーでしか、
閉じたハートは温まらないことを知っているから。

温まったら、自分で開けることができる。

正論正しさを強く主張しているとき
ハートはカチカチに固まっている。

本当に正論なら、事実として伝えるだけでよくて
力を必要以上にいれなくていいから。

正論を使って、自分にブレーキをかけているんだよね。

それは
もう
今までの自分ではいられなくなってきていることでもある。

人は一所に留まることは難しい。
子どもだって、年々成長し、活動の範囲に変化が出てくる。

自分にも、これまでと違うことをゆるしてあげるとき、が
きたのだとわたしは思う。

その時に必要なのは
愛からの選択のみ。

また心からの笑顔がみたい(*˘︶˘*).。.:*♡









♦Information♦︎
【わたしの中の愛の価値観を知る】WS
東京 12月16日(土)11時 〜 13時
広島 1月13日(土)11時 〜 13時

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